至言は耳に忤う

仏教で縁は大切なものだと教えられます。どんな縁に触れるかで、私の

受ける結果が大きく変わります。

身を置く環境、付き合う人は大切だと蓮如上人もこのように教えられて

います。

「同行・善知識にはよくよく近づくべし。『親近せざるは雑種の失なり』と『礼讃』に

あらわせり。悪しき者に近づけば、それにはなれじと思えども、悪事よりよりに

あり。」(御一代記聞書)

仏法を説く先生、また、共に求める法友にはよくよく親しみ近づかなければ

なりませんよ。「遠ざかろうとするのは『雑種の失』である。」悪い人と付き合った

ならば、どんなに「悪い事はするまい」と思っていても、引っ張られて、流されて

悪い事をしてしまいますよ、と言われています。蓮如上人が言われている

「雑種の失」(自力の欠点)とは、このお言葉を指しています。

「人我が自ら覆うて同行・善知識に親近せざるが故に」

更にこのようなことも言われています。

「好みて雑縁に近づきて、往生の正行を自障・障他するが故に」


「至言は耳に忤う(しげんはみみにさからう)」ということわざがあります。

私を思って注意してくれていると思っても、その言葉は聞きづらいですよね。

ついつい撥ねつけてしまいそうになりませんか?しかし、今より良くなりたいと

思うならば、注意してくれる人に積極的に近づいていく努力をしていかなくては

なりません。注意されるのがイヤで逃げたり、注意されても聞かなかったりした

ならば、悪いところが直らず、周囲に迷惑をかけ、信用を落とし、最悪、私自身が

その場におれなくなることになります。私も反省することが多いですが、少しでも

進歩、向上できるように頑張ります。