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Posted by komadori on 12月 17th, 2009

今日は朝からどんより曇り空。。。

黒い雲が空一面を覆い、雪をたくさん持っていそうでした。時々、アラレが降ってきて、

寒いなぁ~と思っていました。所用で、車で街に行ったら、ビックリ仰天!なんと、雪が

積もっている!しかも、3センチほど。アラレもどんどん降ってきて、車から出るに

出られずの状態でした。ヒーヒー言いながら用事を済まし、帰途につきました。しかし、

顕真学院に近づくにつれ、アラレも弱くなり、道路にも雪が無くなっていきました。あれ?と

思いました。そして、顕真学院に到着する頃には別世界か?と思うほど、雪が積もって

いませんでした。。。実は顕真学院の周辺は雪が余り降らないそうです。だから、

蓮如上人はこの雪の少ない土地に吉崎御坊を建立された、と聞きました。

 北陸に長くいる私としては雪が降ったら、雪かきをしないといけないし、車を出すのにも

一苦労するので、あまり嬉しくありません。ですが、スキーやスノボーをする人は嬉しいんで

しょうね。そうそう、雪国の人は皆、スキーやスノボーが出来ると思ったら、大間違いです!

全く、ダメ!という人も少なからずいます。私も雪国出身なので、よく言われます。カッコよく

滑れたらどんなにいいことか…。

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Posted by komadori on 12月 16th, 2009

慌ただしく月日が過ぎていき、今年も残すところあと半月となりました。

今日、福井市内では初雪を観測したそうで、いよいよ冬も本番になろうと

しています。

 暮れに限ったことではないかもしれませんが、特にこの時期は朝から晩まで

忙しいです。1日、駆けずりまわっている人もあると思います。忙しい忙しいで

あっと言う間に1日が過ぎていきます。そんな時期、何か大切なことを忘れがちに

なりませんか?そう!朝晩のお勤めです。親鸞学徒の嗜みです!

 蓮如上人は「1日のたしなみは朝つとめに欠かさじと、たしなむべし」と言われて

います。朝のお勤めをしなければ、1日は始まりません!朝晩お勤めをする時には

当然、お給仕を欠かしてはなりません。讃岐の妙好人、庄松同行にこんなエピソードが

あります。庄松がある家を訪ねて、仏前に参ってから主人に向かって、「この頃、木が

枯れているから、焚火に注意しなされや」と言いました。主人は、はじめは、何のこと

やら判らなかったが、後より気がつき、大いに恥入ったといいます。この主人だけでなく、

忙しいと、ついつい仏さまを後回しにして、お仏飯を何日も捧げないで、餓死させて

いないか。仏花が枯れて、材木となり、ほこりはうず高く真白になっていないか。仏花が

枯れているのは聞法心が枯れている表れで、ほこりに覆われているのは求道心が三毒の

煩悩に覆われているのかもしれません。

 もう1年も終わります。それだけ大きく後生に近づきました。この事実を受け止め、

忙しい時だからこそ、親鸞聖人、蓮如上人のお言葉に触れる機会を大切にしたいものです。

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Posted by komadori on 12月 15th, 2009

今日、こんな話題が出ました。竹の子の煮方を毎年、親鸞会の機関紙で紹介されて

います。その煮方というのはアク抜き(お湯で一度煮る)をしないで、そのまま竹の子を

煮る、というものです。ずっと紹介されているのですが、怖くてやれない、あたるのが

怖いなど、アクが本当に旨みに変わるのか、という疑いが出てきて、一歩、踏み出せ

ない人がいるそうです。どれだけ美味しいから、と説明しても、実際、やって、食べて

みないことには疑いは晴れないでしょう。

 阿弥陀仏は私たちを金輪際、助かる縁てがかりのない極悪人と言われ、お釈迦様も

また、心も口も体も悪ばかりやっていて、一つの善もしたことのないのが全人類と言われ

ています。疑いの心が強い私たちは本当に良いことはできないのか、一生懸命、やって

みないと、このことはわからないでしょう。それをやりもしないで、

「どうせ善はできないんでしょ」

と思っているだけでは、観念の遊戯に終わってしまいます。

 竹の子の煮方を通して、まるで説法をされているように感じました。

 ちなみにアク抜きをしない竹の子の煮物を食べたい人は春頃にサンキューやあんしん弁当に

置かれますよ!

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Posted by komadori on 12月 14th, 2009

今日、学院で出た話はいろいろと考えさせることがありました。

まずは一つ目。。。

みなさん「一昨日」をどう言っていますか?普通に「おととい」?それとも学者風に「いっさくじつ」?
同じことを表す言葉はいろいろあり、場面によって使いわけをしなければならないと思いますが、大事なことは「わかりやすさ」でしょう。だから「一昨日」を日常会話で「いっさくじつ」と言うのは不適当です。やっぱり「おととい」と言った方が親切です。
 親鸞聖人は「教行信証」を枕元に置いて、いつでも加筆、修正できるようにされていたと言われます。1字1字、本当にこれでよかろうか、もっとわかりやすくならないか、の御心に、このような御苦労があって、今の私の仏縁があると思います。私もよりよい「言葉」を選ぶことができるよう、気をつけていきたいと思います。

二つ目です。。。
これはなかなか表現が難しいので、私の過去あった、似たようなことを紹介します。
先輩と後輩が同じ部屋にいます。先輩がみんなの為に食事をご馳走をしようと、せわしなく動いています。ところが後輩はどうしたことか、先輩があちこち動き回っているのに、声をかけたり、手伝おうとせず、自分のやりたいことをただ黙々としていました。「手伝いましょうか?」のたった一言が言えない、そんな人って結構、いるもんだ、と思いました。
会社で上司、部下の間柄なら、部下は間違いなく怒られるか、信用を失うでしょう。
そんな関係抜きにしても、忙しい人を見たら、手伝おうという気持ちを忘れずにいたいものです。

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Posted by komadori on 12月 13th, 2009

今日はテレビ座談会でした。学院生が何人か、テレビ座談会を開催する為に、

各地に散っていきました。。。

顕正新聞でも紹介されていますが、今や全国各地で自宅を開放されて、聞法道場と

されている人も多いそうです。

”開座して 法を聞かすも 菩薩なり”

自ら親鸞聖人のお言葉を出して、話をするのも、大変な善ですが、仏法を聞かす縁と

なるのも、大変、尊いことです。あの時、この場所であの人に声をかけられなければ、

チラシが家に入っていなければ、今の私はご縁はありません。仏縁が大事だから、

仏法を聞く縁となった人に感謝の心が湧きあがります。私を縁として仏法を聞かれ、

喜ばれる人があらわれたら、とても嬉しいことです。相手も喜び、自分も喜ぶ。まさに

自利利他の菩薩道ですね。

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Posted by komadori on 12月 12th, 2009

いろいろな場面で相手の立場に立って考えることは大切です。全然、人のことを

考えず、我が道を行く人は嫌われてしまいます。相手はどんなことをされたら、喜び、

どんなことをされたら気分を害するか、よくよく知らなければなりません。

怖いのは、自分の言動が知らず知らずのうちに相手に不愉快な思いを与えていることです。

特に相手が大人だと、表情や雰囲気ではなかなか読みとることはできません。

悲惨なのは、本当はやめて欲しいと思っていることを、私は喜んでくれた!と勘違い

すること。私も相手の立場に立とうとしていますが、これがなかなか難しく、相手の

心をどうしたら、わかるのか、悩んでいます。日々、反省ですが、少しでも向上できる

ように頑張っていきます。

Posted under ぼやき
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Posted by komadori on 12月 11th, 2009

上司、先輩から何か聞かれたら、すぐに反応をすることは基本中の基本です。

まして、自分が尊敬している方が仰られたのに、何にも反応しないのは失礼です。先生の

問いかけに弟子が何の反応もしないことは普通、考えられません。しかし、そんなお経が

一切経、七千余巻の中にあります。阿弥陀仏とその極楽浄土について説かれた阿弥陀経と

いうお経がそれで、無問自説経と言われることで有名です。お釈迦さまは舎利弗という

お弟子の名前を何度も言われているのに、当の舎利弗はただの一度の返事もしていません。

お釈迦さまもそれを気にされることなく、まるで独言を言われているかのように、説かれて

いかれます。なぜ、舎利弗はお釈迦様の問いかけに反応されなかったのか、というと、

お釈迦さまが説かれる阿弥陀仏の極楽浄土の様子があまりにも素晴らしく、ただただ感動して

おられたからです。

 これは例外ですが、私も尊敬する方の問いかけにすぐさま反応し、失礼のないように気を

つけていきたいと思います。

Posted under ぼやき
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Posted by komadori on 12月 10th, 2009

お釈迦様はいろいろな善を教えていかれました。そのいろいろの善を6つにまとめられた

ものを六度万行といわれます。その最初にあげられているのが布施といわれる善です。

布施は昔のインドの言葉でダンバラミツと言います。今の言葉で言うと、親切ということ

です。本当に困った時、人に親切にされた記憶はなかなか忘れられないものです。私は

こんなことがありました。大学入ってすぐの健康診断で、なんと肺の病気がわかりました。

当初、通院していれば、治るということでしたが、なかなか治らず、結局、入院、手術を

したことがあります。入院中、いろいろな人からお見舞いのハガキを貰いました。大学に

入ってすぐの入院で、いろいろな不安、心配がありましたが、勇気づけられ、早く退院

できるように頑張ろう!と、とても嬉しく思いました。布施には人を幸せにする大変な力が

あるとしみじみ思いました。仏教は自利利他の教えです。自分の幸せがそのまま他人の

幸せになる、ということです。少しでも、心がけていかなければならないと思います。

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Posted by komadori on 12月 8th, 2009

今日は厨房から話題を提供してもらいました。まずはこちらをご覧ください!

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鮭です。実はまるまる頂きました。感謝感激で、早速、3枚におろそうとしました。

が!鮭は冷凍されていて、しばらく置いて、自然解凍することに…。そして、ちょっと

解凍された状態でいよいよ3枚おろしを!と思い、ベリーさんが果敢に挑戦!しかし、

悲しきかな、身が思った以上に凍っていて、包丁はあえなく止まってしまいました。

そこで私がタッチ交代で、何とかかんとか、徐々に骨と身が分かれていったのですが、

あと3分の1のところで、失敗。綺麗に骨と身を切り離すことができませんでした…。

しかし、菩薩のような慈愛の心でベリーさんから「とっても、助かりました!こんなに

綺麗に切ってくれてありがとう!」という言葉をかけてもらいました。

 次回はもっと上手にできるように頑張ろう!と決意を新たにした1日でした。。。

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Posted by komadori on 12月 7th, 2009

今日の食事の時、こんな話がありました。とある学院生の弟さんの話です。

弟さんは大学生で故郷を離れ、東京で暮らしているそうです。ある日、お母さんが

荷物を送られたところ、なんと数日後、不在の為、荷物が戻ってきてしまったそう

です。息子の身に何かあったのでは!とお母さんは大変、心配されたそうです。

こうなったら、東京へ行くか、と思われた時、弟さんから1通のメールが来て、

生きているとハッキリされたそうです。この話を聞いて、ドキッとして、反省しました。

親が子を心配するのはいつの世、どこの国でも変わらないことだと思います。しかし、

肝心の子供は親の事は忘れがちです。お釈迦様は両親から、私たちは山より高く、

海より深い御恩を受けている、と教えれらています。ですから、子供は親に心配を

かけないように10日に1度は手紙を書くのが礼儀、と教えてもらっています。今は

携帯電話の普及で連絡は取り易くなりました。ここまで大きくなったのは間違いなく

両親のお陰です。親は子供の無事を何より喜んでくれます。親に心配をかけないように

定期的に連絡をしていきたいと思います。

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